すぎやまこういち氏

すぎやまこういち氏はヒットメーカー

すぎやまこういち氏が亡くなりました。

すぎやまこういち氏というのは、世代によって印象が全く違います。

私の世代は、前回も書きましたが、ヒットメーカーでした。

当時の人気のある歌手の曲をたくさん手掛けています。ザ、ピーナッツもそうですが、当時人気のあったグループサウンズのタイガースの「花の首飾り」という曲も作曲しています。

タイガースは、沢田研二さんがボーカルをしています。

余談ですが、沢田研二さんの奥さんは現在は田中裕子さんですが、沢田研二さんは実は再婚です。

前の奥さんは、前回書いたザ・ピーナッツのお姉さんのエミさんです。

ザ・ピーナッツは、結婚と共に引退をしています。

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すぎやまこういち氏の名前を聞かなくなった

話は元に戻しますが、長い間ヒットメーカーとして活躍をしていたすぎやまこういち氏ですが、そのうちにあまり名前を聞かなくなりました。

私も結婚をして子育てに忙しかったから、芸能人どころではなくなっていたからな、と思っていました。

が、ある時、子供がゲームをしていて、その時ゲームの曲が聞こえてきました。

 

 

 

 

 

 

ゲームの曲

とても壮大でいい曲で、失礼だけれど子供のゲームにもったいない、と思うくらいいい曲だと思って聞いていました。

そしたらその曲を作曲したのが、すぎやまこういち氏だと知り、びっくり仰天でした。

だから、今の30代、40代の人たちのすぎやまこういち氏のイメージは、ゲーム・ドラゴンクエストの作曲者です。

なんてすごい人なんだろうと思いました。

 

 

 

 

 

ドラクエの曲が五輪の開会式で流れる

しかも、すぎやまこういち氏のこのゲームの曲が、今回の東京オリンピックの開会式で流れたそうです。

このブログを書くにあたって、すぎやまこういち氏をウイキペディアで調べてみました。

ドラクエの曲はまるでクラシックの曲です。

だから、小さいころから体の中にクラシックの曲が入り込んでいる人ではないか、と思っていましたら、やはり両親共に音楽好きでゲーム好きだったそうです。

そんな中で育ったすぎやま氏は、小学生の時に鼻歌で作曲をしていたそうです。

カール・ブッセの「やまのあなた」にメロディを付けていたそうです。

 

 

 

 

 

 

反物とクラシックのレコードを物々交換

すぎやま氏のお父さんという人もすごい人です。

すぎやま氏は、戦争の為地方に疎開をしていましたが、戦後東京に戻りました。

食糧不足から壊血病になり、死にかけたそうです。

そんな中でもお父さんは、焼け残った自宅の反物をもって、レコード屋に行き、物々交換でベートーヴェンのレコードやオーケストラの楽曲を手に入れてきてくれたので、それをもとに独学でクラシック音楽の勉強をしていたそうです。

 

 

 

 

 

高校時代は音楽漬け

高校では、音楽漬けの日々を送り、学内オーケストラを組織し、指揮と編曲つとめていたといいます。

その他にジャズバンドにも参加していたといいます。

高校を卒業するころには、谷桃子バレエ団の依頼でオペラ用に「子供のためのバレエ『迷子の青虫さん』」を作曲し、このオペラは、何度も再演されているそうです。

なんかもう、この人は才能の塊かと思う人ですね。

私が最初に、ドラクエの曲を聞いた時には、この人は元はクラシックの人ではないか、と思ったのは正解でした。

 

 

 

 

 

 

東大は第一志望ではなかった

いくら和製ポップスのヒットメーカーとは言え、クラシックの基礎がないと、ゲーム・ドラクエの曲、あれだけの曲は書けません。

この人の凄いのが、まだあります。

音大に入りたかったけれど、ピアノが弾けなかったから東大に入ったという凄い人です。

東大が第一希望じゃない人とは、珍しい人です。

大学を卒業をするまでと文化放送に入社するまでに紆余曲折があります。

 

 

 

 

 

 

フジテレビにディレクターとして

その後、無事文化放送に入社しますが、これからはテレビの時代だといい、フジテレビにディレクターとして移籍します。

その後は、大活躍だったようです。

それにしても、私の知っているすぎやまこういち氏は、彼のごく一部だとは思っていましたが、こんなにスケールの大きい人だとは思いませんでした。

 

 

 

晩年は、保守をはっきりと名乗り、虎ノ門ニュースにも出演することもありました。

すぎやまこういち氏のご冥福をお祈りいたします。