社長が知らなかったとしらを切る
最近は、亡くなったジャニー喜多川氏の事務所のタレントへの性加害のことでもちきりです。
ジャニー喜多川氏の事務所のタレントへの性加害の件は、生前から周知の事実です。
ところが、現在社長のジャニー喜多川氏の姪であるジュリー喜多川氏は、知らなかったとしらを切りました。
私のような、ジャニーズ事務所のタレントのこともよく知らないものでもジャニー喜多川氏の事務所のタレントへの性加害を知っているのに、姪のジュリー喜多川氏が長年同じ事務所で仕事をしていながら、知らないわけがありません。
まあ、そう言わざるをえなかったのでしょうが、それにしてもお粗末です。
英BBC放送から
ジャニー喜多川氏が亡くなって、姉のメリー喜多川氏が亡くなって、いずれはジャニーズ事務所は小さくなるだろうとは言われていましたが、まさかこういうことになるとは思いもしませんでした。
事の発端は、意外なところから始まりました。
イギリスのBBC放送が、ジャニー喜多川氏の性加害の被害者数人に取材をした番組を放送したのです。
被害者は顔も実名も出したようです。
私も最初に知った時は、外国からかぁ……と思いました。日本のメディアは情けない、と思いました。
実はBBC放送も
実は、イギリスのBBC放送も情けないのです。
というのは、イギリスのBBC放送に40年もの間、子供向けの番組の司会をしていた人がいました。
その人が亡くなった後に、その人は幼児性愛者で、番組に出演した子供が被害を受けていたことが暴露されました。
BBC放送は、どうもその件を薄めるためにというか、国民の関心を他の方にもっていくために、日本のジャニー喜多川氏の性加害を暴露したようです。
何ともはや、どっちもどっちという感じです。
いろんな人が被害にあっていた
その後、いろんな記事を読んでいると、沢山のタレントが被害にあっていたようです。
ジャニーズ事務所からデビューしたタレントのほとんどが被害にあっていたようです。
ジャニーズ事務所の初めの方のグループのフォーリーブスの北公次氏も被害にあっていたようです。
北公次氏だけでなく、いろんな人が性被害にあっていたことを本にして出版をしていましたが、そんな美味しいネタなのに、メディアは一切取り上げませんでした。
郷ひろみさんも・・・
私は、ジャニー喜多川氏から性被害を受けた人達の何人もの人達が、性被害のことを本に出版していたことは今回の事で初めて知りました。
郷ひろみさんも被害を受けていたようです。
郷ひろみさんは、ジャニー喜多川氏が3カ月入院していた時に、バーニングに移籍をしたといいます。
当時、あれだけ人気が安定していたのに、ジャニーズ事務所がよく手放したと思っていたら、そういうことだったんですね。
裁判に負けても何の影響もなし
本の出版だけでなく、被害者の中には、裁判も起こしていた人もいたそうです。
ジャニー喜多川氏は、裁判に負けたそうですが、事務所や本人にも何の影響もなかったようです。
もちろんメディアは、本のことだけでなく裁判のこともスルーだったようです。
もちろんそういう事を取り上げていれば、世間では大騒ぎになっていたでしょうが、まったくどこのメディアや週刊誌も全く取り上げないから、ほとんどの人達が知らなかったのでしょう。
完全に犯罪
それにしても、私が一番ショックだったのが、小学校の高学年の男の子に、そう5年生とか6年生の子が被害にあっていたという事です。
完全に犯罪です。
おそらくは芸能関係者はほとんどの大人は知っていたと思いますが、誰もそれを止めなかったんですね。
小学校の高学年に初めて被害にあったけれど、そのことは親にも言えなかったといいます。
受け入れた子には推すが、拒否した子には冷たい
ジャニー喜多川氏は、自分を受け入れた子は、ずいぶんと優遇してくれたようです。
それには感謝をしている子も多いようです。
その反対に、受け入れなかった子にはとても冷たかったようです。
だから、こんなに歌が下手な子が何でこんなに売れるのか不思議でした。
最もジャニー喜多川氏がいくら優遇しても、人気が出ない子もいたようです。
そこはファンが決めることですね。
ホルモン注射まで・・・
もう一つ、性加害だけでなくホルモン注射もしていたといいます。
だんだん男らしくのなるのを防ぐため?それとも遅らせるためなのかわかりませんが、ホルモン注射をしていたといいます。
それは一回だけなのか、定期的に行っていたのかわかりませんが。
だから、ジャニーズ事務所のタレントは背が低いと言われていたのですね。
3s政策にまんまとはまった日本人
ジャニーズ喜多川氏は、戦後アメリカに渡ってアメリカの芸能界を見て教わって来たようです。
帰国してから、ジャニーズ事務所をつくったようです。
ジャニーズ事務所も戦後、GHQが日本人が政治に関心をもたないようにと、行った3S 政策の一環です。
男らしくない男性を育てるように、戦前戦中の日本人男性のように強い男性が育っては、アメリカにとっては困るからだそうです。
日本人は、それにまんまとはまってしまいました。