結愛ちゃんの死

かわいそうな結愛ちゃん

わずか5歳で食べ物もろくに与えられず、12キロという

少ない体重で亡くなった船戸結愛ちゃん。

この子の話で涙を禁じ得ないのが、わずか5歳で自分で目

覚まし時計で朝の4時に起きて、字の勉強をして反省文を

書いていたというのです。

名前から察するに、生まれたときはお母さんも結愛ちゃん

の誕生を喜んだのでしょう。

それがこういう結果になってしまうというのは、悲しいこ

とです。

 

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母の再婚で虐待を受ける

結愛ちゃんは、お母さんの連れ子だそうです。

結愛ちゃんの実のお父さんはわかりませんが、親の再婚で

虐待を受けるということは、わりとあるようです。

虐待は、母の再婚相手の男がしていたようです。

元は、香川県に住んでいて父親である雄大容疑者が先に東

京に行っていて、結愛ちゃん母子がまだ香川県にいたとき

は、虐待とみられる傷や痣はなかったようですが、雄大

疑者と暮らしていた時は、あったようです。

 

 

 

 

 

 

 

香川県では、落ち着いたときもあった

香川県にいたときは、児童相談所と警察、病院、保健所と

連携があって、この親子に気を付けていたようです。

状況によっては、一時保護もしていたようです。

そして、親子ともども児童相談所に心を打ち明けていると

ころがあったようです。

特に結愛ちゃんは、アートセラピーが好きで週2回ほど

の頻度で通っていたと言います。

 

 

 

 

 

父親も反省をしていた時もあった

このセラピーは、アート(芸術)とサイコセラピー(精神

療法)の二つの要素を合わせもち、絵を描いたり話したり

しながら、自分の思いを表現していくというものだそうで

す。

これに通っていた時は、結愛ちゃんの生活にも改善の兆し

が見えていたようです。

こういうところに通っていたということは、母親父親にも

まだ何とかしなくてはいけないという自覚があったのかも

しれません。

父親も、「思い通りにしないとついかっとなって」と、自

分でも言っていたようです。

 

 

 

 

 

東京に引っ越して亡くなる

そして、1月8日に引っ越すと母親が伝えてきたけれど、

転居先はかたくなに言わなかったそうです。

県の方は、調べつくして1月23日に転居先がわかったの

で、すぐに品川児童相談所へ連絡をしたそうです。

「すぐにでも本人に会って確認をしてほしい。指導措置は

4日に解除になっているが、指導を積極的に続けてほしい

」と伝えられたようですが、その後、両親ともに慣れない

東京生活もあってか結愛ちゃんと会えず、結愛ちゃんの小

学校の入学の説明会にも、弟の検診にも現れず、3月2日に

結愛ちゃんが12キロまでやせた状態で亡くなったそうです。

 

 

 

 

私の子供の学区にも養護施設

色々調べていたら、ため息が出てきました。

私の子供たちが通っていた学区には、養護施設があってそ

この子供たちもたくさん来ていました。

施設の職員の方に聞くと、今はほとんどが虐待を受けてい

たために来ている子供たちだそうです。

 

 

 

 

 

長男のクラスの子

長男のクラスにもいました。

引き取られたのが、学校に上がる直前だったそうです。

トイレのしつけもされておらず、1日中部屋に閉じ込めら

れていて、食べ物だけを与えられていたようです。

だから、その子は授業中でもおしっこを垂れ流したり、汚

いということがわからず給食と上履きを一緒に机の上に置

いたりしていたようです。

そして、やけどの跡が全身酷く、それを女の子に見せて喜

んでいるような子だったのですが、高校生になった時は久

しぶりに見たとき誰かわからないくらい落ち着いていまし

た。

 

 

 

その子は、今はラーメン屋さんを経営しているそうです。

養護施設の先生方や、学校の先生方も大変だと思います

が、子どもは接し方で変わるんです。

そんな子もいるのです。

愛ちゃんも施設に入っていたら、亡くなるということは

なかったと思います。

本当に悔しい話です。